まなぶ

捨てられた街、前を向けない人

2015年2月20日 5:49 PM まなぶ--フューチャー

日曜日にもかかわらず、駅まで続く大通りには数台の車が通ることはあっても、人影はほとんどない。雲で覆われた空から降る小雨が、まちの雰囲気をより一層寂しく感じさせた。

福島県南相馬市南部に位置する小高地区は、福島第一原子力発電所から20キロ圏内に位置している。同地区は2012年4月の区域再編で避難指示解除準備区域に指定された。避難指示解除準備区域では、特別な許可がなければ泊まることはできないが、日中は自由に出入りでき、会社や店の営業も許可されている。(オルタナS横浜支局=細川 高頌・横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程3年)

小高地区の駅前通り。歩いている人はいない

小高地区の駅前通り。歩いている人はいない

■避難民じゃない、難民なんだ

JR小高駅のすぐ横に釣具屋があった。半分閉まったシャッターの奥に明かりが見えたので、店内を覗いてみる。人がいることを確認して中に入ると、3人の男女が談笑していた。「少しお話しを聞きたくて」そう言いながら入っていくと、一人の男性が「ここは捨てられたまちだ。早く帰った方がいい」と、冷めきった笑い顔をみせながら言う。

その男性はもともと小高地区の中でも線量の高い山側に自宅があり、現在は東京に避難している。「今の県知事も、市議会員も、誰もこの場所にこない。マスコミも来たのは区域再編のときだけ。関東で最近、原発のニュースやってるか?俺らは国から捨てられた難民なんだよ」。

最初にこの街に来たとき、街が人に捨てられている、そう感じた。そこには、かつてこの場所で営まれていた暮らしの面影が残る建物しかなかったからだ。しかし捨てられたのは建物だけではないという。人も捨てられたのだと。

■キレイごとは、いらない

男性の怒りは収まらない。「金目発言(*)があっただろ。俺はあれを聞いたとき、その通りだ!よく言ってくれた!と拍手したよ。きれいごとはいらない。同情もいらない。最低限の金がなきゃあ希望は持てない」。

頭の中に、前日訪れた郡山市内の仮設住宅にある富岡町生活復興支援センターに飾られた短冊が浮かんだ。富岡町は街全体が原発から 20キロ圏内にあり、今も全町民が避難を強いられている。ちょうど七夕の時期で、笹には仮設住宅で暮らす人々の願いが飾られていた。その中に、「お金はいらない。富岡に早く帰りたい」と書かれた短冊があった。これが避難者の本心だろう、私はそう思っていた。だから彼の言葉を聞いたとき、余計に衝撃的だった。

短冊に書かれた願い =仮設住宅内にある「おだがいさまセンター」で 

短冊に書かれた願い =仮設住宅内にある「おだがいさまセンター」で 

しかし、男性の言葉も心からの本音ではないのではないか。男性の本当の願いは、また小高の土地で、小高の人とともに暮らすことだろう。今の状況ではそれすら難しい。

既に小高で暮らしていた人はバラバラになってしまった。そのような中での金目発言に、ある種の「開き直り」があったのだと思う。経済的な理由で最初の一歩すら踏み出せない状況に対する諦めが、男性の言葉に表れているように感じた。

■前を向けない人

「事故が起こる前まで、俺は原発に大賛成していた。だからこそ本当に悔しい、腹が立つ」。常時興奮気味に話していた男性がふと、何かを考えるように下を向き、そのままの姿勢で呟いた。原発と、原発を疑わなかった自分。行き場のない怒りが、表情からも読み取れる。

大津波で分断されたJR常磐線の一部は3年余り経っても不通で、雑草で覆われていた =小高駅近くで

大津波で分断されたJR常磐線の一部は3年余り経っても不通で、雑草で覆われていた =小高駅近くで

「この店に集まっているやつらは、小高から離れられない連中だ。新しい土地で生活なんかできない」最近、仮設住宅から少しずつ人が出ていっている。

避難先で新しい家を買い、新しい土地で生活を始めているのだ。だがこの男性は、小高の人たちの繋がりの中でしか生きられないという。  

■人が集まらなきゃ、復旧もできねぇよ

翌週、もう一度小高のまちを訪れた。先の釣具屋にいくと、その日は初老の店主が一人で店の整理をしていた。 店主と一緒に店内にある椅子に腰を下ろす。「あんた、こんなところまでまた来たんだねぇ。ご苦労なこった」。先週訪問した際、「来週もう一度来る」と伝えていたのだが、本当に来るとは思っていなかったらしい。

前回あまり言葉を発しなかった店主が、「仮設では近所付き合いもなくずっと孤独。人間孤独になると、しゃべらなくなるんだ。想像できないだろ」と私の目をまっすぐみながら話した。

「偉い人たちは俺たちに町に戻ってこいって言うんだ。自分たちはこの町にこないのに。戻るのは老人だけだよ。俺ら老人は戻るしかない。他に選択肢がない。でも若い奴は戻ってこない。雇用もないし子どもにとってはまだまだ安心できる環境じゃないからそれは仕方ない」しかし、若者が集まらなければまちの復興はできない。小高で知り合った浪江町出身の男性は「人が集まらなければまちの復旧は始まらない。復旧もできないのに、復興なんて、できるわけないだろ」と話した。

環境省の発表では、2016年4月に小高地区の避難指示解除を予定している。しかし2014年5月31日時点で除染の実施された家屋は対象の1%、道路にいたっては0,3%にすぎない。

釣具屋の店主の話では、最近の説明会で解除をさらに延期すると知らされたという(*)。店主いわく、「説明会で、除染の作業員が足りないから小高の人も除染を手伝ってくれと言われた。安倍さんは東京オリンピックが除染に影響を与えることはないって言ってたけど、確実に作業員は不足している」と店主は話した。

まだまだ復旧さえしていない。現地に来てみると、それがよく分かる。それでも取材をしている間、数台の大型バスが通りにみえた。

「もう観光バスが来て、観光客が来るんだ。バスがきても窓も開けずに、車内から写真だけ撮って帰っていくやつも多いよ」と話す店主の姿は、どこか寂しそうだった。通りに出てバスをみてみると、偶然にも私の「故郷」である大阪の和泉ナンバーだった。

「現地に来ることは大切なことだ。テレビや新聞を通して福島を知ることと、今の福島の現状を肌で感じることはやはり違う。でもどうせ来るなら、この小高のまちを実際に歩いて、まちの人の声を聞いてほしい」外に止まるバスをみながら、店主が話す。しばらくして、バスが動きだす。人の声が聞こえない街に、バスの発車音だけが響いた。

地元の小学生が寄せ書きしたベンチ。子どもたちの笑い声は、またこの地に戻ってくるのだろうか  =小高地区の商店街で

地元の小学生が寄せ書きしたベンチ。子どもたちの笑い声は、またこの地に戻ってくるのだろうか
=小高地区の商店街で

*金目発言
東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などの中間貯蔵施設建設を巡る被災地との交渉に関し、石原伸晃環境相が、「最後は金目(かねめ)でしょ」と発言。石原氏はその後候補地がある大熊、双葉両町長や佐藤雄平知事に謝罪した。

*福島県の除染を担当している「福島環境再生事務所」に確認したところ、そのような話しはないということだった。

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